2018年12月13日

桓武天皇と平安仏教

◆要点◆
平安時代(へいあんじだい)
794年から1185年まで。
京都府の平安京が政治の中心地。

桓武天皇(かんむてんのう)
平安京に都を遷し、蝦夷征討を行なわせた。

平安京(へいあんきょう)
794年に都となる。

坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)
征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)となり、蝦夷(えみし)と戦う。

最澄(さいちょう)
天台宗(てんだいしゅう)を伝える。
比叡山(ひえいざん)に延暦寺(えんりゃくじ)を建てる。

空海(くうかい)
真言宗(しんごんしゅう)を伝える。
高野山(こうやさん)に金剛峰寺(こんごうぶじ)を建てる。

◆基本解説◆
京都府の平安京に都ができた794年から、鎌倉幕府ができた1185年までを平安時代と言います。
桓武天皇は仏教の勢力が強かった平城京から平安京に都を移し、律令制度の改革を行ないました。

このころの東北地方は蝦夷が独自の勢力を持っていました。
桓武天皇は蝦夷を服属させようと坂上田村麻呂を征夷大将軍として派遣しました。
坂上田村麻呂は蝦夷のアテルイを降伏させ、支配域を広げました。

最澄と空海は、桓武天皇が派遣した遣唐使とともに唐に渡って新たな仏教を学び、日本に戻ってから平安仏教を始めました。
最澄は天台宗を伝え、滋賀県の比叡山に延暦寺を建てました。
空海は真言宗を伝え、和歌山県の高野山に金剛峰寺を建てました。
posted by 中学歴史まとめ at 19:16| 平安時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする